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フォーリ・インペリアリ通り放浪記

 ヴェネツィア広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂に向かって左の脇を抜けてコロッセオ方面に伸びる一直線の広い道は、フォーリ・インペリアリ(諸皇帝のフォロ)通りと呼ばれている。これはムッソリーニが計画した政策道路の1つで、多くのローマ遺跡を埋めて造られたといわれるだけあって、両脇にはフォロ・ロマーノを含めた多くの貴重な遺跡が続いている。サンタ・マリア・ロレート教会

ヴェネツィア広場から通りへ歩き始めると先ず左にサンタ・マリア・ディ・ロレート教会(写真上)がある。その脇に大きな塔が見えるけど、これはトライアヌス帝の円柱(写真下)といって、紀元110年から大理石を積み上げて造られた。ルーマニア方面でのローマ軍の勝利を延々と描いたレリーフがその表面を渦巻き状に覆っている。最終的にはここが帝の墓所となったので、上には現在聖ペトロ像がのっているけど、元来はトラヤヌス帝の像があったはず。トライアヌス帝の円柱コロッセオ方向に向かって通りを歩きだすと、先ず左側に柱の列がたくさん見える。これがトラヤヌス帝のフォロ跡だ(写真下)。2世紀ごろに上の円柱を含め、ウルピア会堂といわれる巨大な建築物を含むトラヤヌス帝造営のコンプレックスとなってたのがこの地区。トラヤヌス帝のフォロ跡続いて東側に、大きなアーチ型にテラスが並んでいるようなトラヤヌス市場跡(写真下)が。これはかなり巨大だ。市場といっても、実際は商業施設と住宅、集会所などを兼ねた施設だったようで、まさに現代の都心の商業マンションとかと同じ感覚。アーチ奥の中央部に高く伸びる部分は、13世紀頃に建てられた戦士の塔と呼ばれるフォロとは別の建築物だ。トラヤヌス市場跡その先にあるのが、カエサルに反目した初代アウグストゥス帝の地区。マルス神殿を中心としたフォロがあったところで、トラヤヌス帝のコンプレックスより150年以上古いとのこと(写真下)。アウグストゥス帝のフォロ跡このあたりを過ぎてから通りの反対側を見ると、フォロ・ロマーノの入口。公共施設であったこのフォロ・ロマーノが、ローマの繁栄とともに手いっぱいになり、カエサルが私費を投じて私有地に新たなフォロを造ったことが、後に皇帝のフォロ地区が大きく広がったきっかけになったといわれる。今、それらのほとんどは広い通りの下に眠っており、カエサルのフォロ自体も、広場からヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂の脇を抜け切ったぐらいの右側に一部だけが残るが、トラヤヌス帝のフォロ跡と同じような柱がいくつか並んでいるだけで、ちょっと淋しい感じだ。とはいってもフォロ・ロマーノへ行ったら、ついでにこの付近は歩いてみるべきだと思う。

この記事へのメッセージ:2

キリハタ 2011年5月 8日 21:06

はじめまして。
地球放浪記を閲覧させていただきました。
わたくしは、海外へ出たことはありません。
あなた様のページを見ますと映像も大きく、説明も詳しく外国へ行った事のないわたくしにとってとても勉強になります。

お伺いしたいのですが、ページ最上部の「地球放浪記」のタイトルのバックの映像で、古い家並み (白いレンガ造りのような家々) はどこの国のどの地域でしょうか。

この家並みの景色が妙に懐かしい感じがいたしますので問い合わせさせていただきました。
よろしくご教示お願いします。

えぞりす 2011年5月 9日 00:05

キリハタさんはじめまして。

メッセージありがとうございます。
あまりたいしたサイトではありませんが、
ご覧いただいたようで恐縮です。

おたずねの件ですが、このページの一番上のタイトル部分のことだと思いますが、
これは英国の中部、コッツウォルズ地方の南にありますバイブリーという村です。
写真の部分はそのなかでもアーリントン・ローと呼ばれる、もっとも美しいと
いわれる建物の並びになります。
ご参考になりましたでしょうか?

よろしければ、また遊びにいらしてくださいね。
今後ともよろしくお願いします。

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